大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(あ)4095号 判決 1959年6月16日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

各被告人及び被告人両名の弁護人梅田林平、同梅田晴亮の各上告趣意は末尾に添えた別紙記載のとおりである。

職権をもって調査するに、第一審判決は、被告人両名に対する本件道路交通取締法違反教唆の公訴事実につき、これを認めるに十分な証拠がないとして被告人両名に無罪を言い渡したところ、検察官は同判決は事実を誤認したものとして控訴を申し立てた。ところが、原審は公判期日において検察官の控訴趣意書のとおりの陳述と、弁護人の控訴は理由がない旨の陳述をきいただけで、自ら事実の取調をすることなく審理を終結し、訴訟記録と第一審で取り調べた証拠だけで第一審判決を破棄して原判示の道路交通取締法違反教唆の犯罪事実を認定した上、被告人両名をそれぞれ罰金千円に処する判決を言い渡したのである。しかし、原審のかかる措置は、刑訴四〇〇条但書の許さないところであること、当裁判所大法廷判決(昭和二七年(あ)第五八七七号同三一年九月二六日判決、昭和二六年(あ)第二四三六号同三一年七月一八日判決)の趣旨に徴し明らかであるから、原判決は違法であり、この違法は判決に影響を及ぼすべく、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する場合に当ると解すべきである。

よって、上告論旨について判断することを省略し、刑訴四一一条一号、四一三条本文に従い、原判決を破棄し、本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、裁判官垂水克己の意見を除く他の裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官垂水克己の少数意見は次のとおりである。

原判決は論旨引用の判例に違反するから所論は上告論旨として適法ではあるが、しかし私はこの判例及び本判決の多数意見には賛成できない。原審手続に違法はなく本件上告は棄却すべきものである。

論旨引用の昭和三一年七月一八日大法廷判決は、その第一審判決が公訴にかかる犯罪事実を確定せず罪責なしとしたのに対し検察官控訴により事件が控訴審に係属した場合においても「被告人は憲法三一条、三七条の保障する権利は有しており、その審判は第一審の場合と同様の公判廷における直接審理主義、口頭弁論主義の原則の適用を受けるものといわなければならない。従って、被告人は公開の法廷において、その面前で、適法な証拠調の手続が行われ、被告人がこれに対する意見弁解を述べる機会を与えられた上でなければ犯罪事実を確定され有罪の判決を言渡されることのない権利を保有するものといわなければならない。」と憲法を持ち出すが、右憲法両条からは上訴審においても被告人がかような権利を有するものとされなければならない理由は出て来ない。

現行法の控訴審は事後審査審であって、控訴裁判所は公判廷で検察官と弁護人との弁論を聴いた以上、訴訟記録及び第一審で証拠とすることができた証拠(刑訴三九四条)のみにより自ら格段の事実の取調をしないでいかなる実体裁判でもできる。すなわち第一審の有罪判決を維持しあるいは無罪判決を破棄して有罪判決をすることができるのである。被告人本人に公判廷への出頭を命ずるか否か、また、自ら事実の取調をするか否かは、事件の模様による控訴裁判所の判断に任かされ、これをしないで一審の犯罪の証明なしとする無罪判決を二審有罪に変更する裁判をすることを違法とする特別規定は刑訴法上存しない。この点についての従前の(昭和二六年(あ)二四三六号同三一年七月一八日大法廷判決までの)当裁判所の判例が屡々判示して来たことが正しいのである。詳細については昭和三一年(あ)三一八五号同三三年二月一一日第三小法廷判決、昭和三一年(あ)一八二九号同三三年四月二二日第三小法廷判決における私の少数意見を引用する。

なお、昭和三三年五月一日宣告第一小法廷判決(集一二巻七号一二四三頁)は、第一審判決が詐欺の意思を除く事実はすべて認められると判示しながら無罪を言渡したような場合には、控訴審で被告人を公判廷で公訴事実等につき質問し、その検察官に対する供述調書の措信すべきや否や等につき取調をなせば、その余の証拠につき直接取調をしなくとも右調書を証拠として控訴審が有罪判決をするについては控訴審における事実の取調として充分であると判示する。この判例は一審無罪を有罪とする検察官控訴の場合における控訴審の取調の限度を示した点において、また、事件の模様から取調の法律上の限度が定まることを示した点で前記大法廷判決以後の判例より一歩進んでいる。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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